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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2091号 判決

原告 福地留吉

右代理人弁護士 梶原止

被告 藤本勇治

被告 トモエ算盤株式会社

右代表者 藤本勇治

右両名代理人弁護士 石川忠義

丹波景政

主文

一、被告等は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し且つ、被告藤本は原告に対し昭和三十一年四月二十一日より被告トモエ算盤株式会社は昭和二十一年五月三日より各明渡済に至るまで一ヶ月金二千八百円の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

此の判決は仮に執行することができる。但し被告等が各自金四万円を担保に供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

≪省略≫

理由

原告と被告藤本との間に、本件建物について、原告主張の約定に基いて賃貸借契約が成立したこと、被告藤本が算盤の製造卸販売をしていたこと、被告会社が同種の営業を営み、被告藤本が右会社の代表取締役であること、被告会社が神田旭町十一番地に原告主張のようなビルデイングを所有していること、被告藤本が神田司町一丁目八番地に店舗兼住宅一棟を所有していること、昭和三十年十一月一日付で解約の申入れが原告から被告藤本に対してなされたことについては当事者間に争いがない。

(A)原告は、被告藤本が、本件建物を原告に無断で被告会社に転貸したことを理由に本件賃貸借契約を解除すると主張するが、被告藤本が賃借以来本件建物において算盤の製造、卸、販売を営み、同人が代表取締役である被告会社も同種の営業を営むものであることは前述のとおり当事者間に争いなく、証人松山泰也の証言及び被告本人の供述によれば、被告会社は被告藤本が税金の関係で個人営業を会社組織に切り換えたもので、被告会社の最高株主は被告藤本であり、会社組織に切り換えた後その営業規模は個人経営時代よりは相当拡大されてはいるが、依然として被告藤本の独裁に委されていることが認められる。

しかし、被告会社が被告藤本と別個の人格を有する以上、被告藤本が被告会社をして本件建物で営業をなさしめたことは、本件建物を転貸したこととならざるを得ないのであつて、被告の主張するように事実上の使用関係があるにすぎぬということはできない。

ただ前認定のような被告藤本と被告会社との関係を考えると、被告藤本の右転貸行為はよしそれが賃貸人である原告に無断でなされたものとしてもなお原告に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合というべく、かかる場合は賃貸人は、民法第六一二条第二項によつて賃貸借契約を解除し得ないものと解するのが相当である。なお賃貸借の当事者間に賃貸物の無断転貸を禁止する特約がある場合においてもその趣旨はやはり、賃貸借における当事者間の信頼関係を破壊する行為を禁止するものに外ならないから民法第六一二条第二項の場合とこの点において差異を認めることができない。よつて原告の前記無断転貸を理由とする本件賃貸借契約の解除がその効力を生じたものとは認められない。

(B)次に原告主張の解約申入がその効力を生じたか否かについて判断する。成立に争いのない甲第五号証乃至同第八号証、同一〇号証甲第一一号証、証人福地房子、同福地通子、同松山泰也の各証言及び原被告本人の供述を綜合すれば次のような事実の存することが明らかである。

一、原告側に関するもの。

(一)  原告は、原告を併せ五人で、二階の六畳二間及び階下の四畳半一間を使用しているのであるが、階下の四畳半は、採光が悪く居宅としてては著しく不適当である為、台所、勝手の間としてのみ使用しているにすぎないこと。

家族五人とは云え、原告とその二女通子の一世帯及び三女房子夫婦とその長男の一世帯の二世帯であるから、唐紙で仕切られた二階の二間に同居することは、日常生活に不便であること。

(二)  原告と同居中の房子の夫文衛は、現在沖電気株式会社に勤務中であるが退職して、本件建物を使用して、電気機具商を営む希望を有し、しかも本件建物がそのような店舗として適当な立地条件を備えていること。

(三)  原告の長女かつは、夫に死別し現在長女佐秀子(十九才)と共にバラツクに住んでいるが、原告から経済的援助を仰いで生活している状態なので、原告としては手許に引取り何とか将来自立の方策を樹立させてやりたい希望を有すること。

二、被告側に関するもの。

(一)  被告会社は、昭和三十一年十月一日本件建物の近隣に総坪数二百十余坪の四階建ビルデイングを完成し、そこに移転して盛大に営業を営んでおり、現在本件建物は店舗構造であるに拘らず階下を物置きとし、被告藤本及び被告会社の物品を収容してある外、二階は被告会社社員の寄泊所として使用しているにすぎず、店舗としては使用されないためその使用価値が減殺されていること。

(二)  被告会社としては物置及び社員宿泊所として本件建物が必要であると主張するが、新築のビル内に六畳の宿泊所もある外被告藤本は神田司町一丁目八番地にも店舗兼住宅一棟を所有し、専務取締役松山泰也とその家族の住居及び社員の宿泊所として使用しおり、新築のビル三階は第三者に賃貸し、多額の権利金を得たのみでなく、一ヶ月金十万円の賃料をとつていること。

(三)  被告藤本は更に別に一戸を借家して、家族と共にその住居は安定していること。

右のような双方の事実と冒頭認定の当事者間に争いのない事実とを比較勘案とすると本件においては原告に明渡を求める「正当ノ理由」が存すると認められるから原告の解約申入は正当であり、成立について争いのない甲第四号証の二によれば右申入は同月二日に被告藤本に到達しているからこれより六ヵ月を経過した昭和三十一年五月二日の満了により本件賃貸借契約は終了し、被告藤本は本件建物を原告に対し明渡す義務を負うにいたつたものである。なお、被告会社は、前記(A)に述べたとおり、被告藤本から本件建物を転借し、この転貸借については原告は無断転貸を理由に賃貸借を解除することができないのであるから、被告藤本が賃借権を有する間は、被告会社もその転借権をもつて原告に対抗することができるものと解すべきである。しかし基本となる賃貸借契約が解約申入によつて消滅した以上、転貸借契約も消滅に帰するの外なく、被告会社は昭和三十一年五月三日本件建物を原告に対し明渡す義務を有するに至つたものといわなければならない。(この場合、被告会社の転借権は賃貸人である原告の同意を得たものでないから、借家法第四条の保護を受けるものとは解されず従つて原告は被告藤本の賃貸借契約の解約をもつて被告会社に対抗しうるものと考える。)

(C)よつて被告藤本は本件訴状が同被告に送達された日の翌日であることが本件訴訟記録によつて明らかな昭和三十一年四月二十一日から同年五月二日までは一ヵ月金二千八百円の本件建物の賃料を、翌三日以降これが明渡済に至るまでは同賃料相当の使用損害金を支払う責任があるところ、原告は本件訴状送達の日の翌日以降の右使用損害金を請求しているが、この趣旨は、本件賃貸借が既に解除になつたときはその使用損害金を、もし未だ解除になつていないときは解除までの賃料及び解除後の使用損害金を同日以降請求するものと解されるので原告の被告藤本に対する昭和三十一年四月二十一日以降の一ヶ月金二千八百円の割合による金員の請求はこれを正当と認めるべきである。

しかし、被告は、本件賃貸借が解約された昭和三十一年五月三日以降本件建物を不法に占拠するに至つたものであるから、それ以降は損害金を支払う責任があるが、それ以前は、その転借権をもつて原告に対抗することができるのであるから、原告に対し不法占拠による損害金を支払う責任はない。よつて被告会社に対する原告の一ヶ月金二千八百円の賃料相当の損害金の請求は、昭和三十一年五月三日以降についてのみこれを正当と認める。

以上原告の被告に対する本件建物の明渡及び(C)に認めた範囲の賃料及び損害金の請求を認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言については、同法第百九十六条第一、二項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕嘉子)

〈以下省略〉

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